目を覚ましたら見覚えのない天井が目の前に広がっていた。真白いそれはうさぎ小屋と揶揄される手を伸ばせば届いてしまいそうな自室のものとは異なって恐ろしいほどに高く、金色の空調機がゆっくりと大儀そうに回転していた。湿度もなく完璧に整えられた室内は寝具とソファと低いテーブルしかなく、それら全ては真白で統一され、まるで無菌室にいるようななんとも言えない気分だった。
とりあえず時間を確認するために半身を起こすと身体に絡みつく白い腕がそれを邪魔した。腕の持ち主の齢は30半ばと言ったところか、ゆるく巻かれた明るい髪を乱し、その隙間からこちらを見て笑んでいる。

「もう行くの、」
「仕事がありますので。」

そう、残念だわ。彼女は息を吐くように言い、そしてまた笑んだ。彼女は白い布以外はなにも身体にまとっていなかったが、自分は下着を身につけていた。襲ってくる睡魔に殺されそうになりながらも湯を浴びてそのまま眠ったのか、いつにも増して好き勝手にはねた頭が悲惨だがどうにかなるだろう。幸い洗顔なんかは携帯しているから家には帰らなくてもこのまま身支度を済ませて仕事に向かえる。

「今度はいつ、」
「わかりません。最近は自分も忙しいので、」
「あなたはいつもそればかりね、」
「すみません。また連絡します。」

責め立てる言葉に詫びで返すと背中を撫ぜられて途端昨夜彼女につけられた傷が痛んだ。私はあなたに謝って欲しいんじゃなくてただ会いたいだけなの、爪を立てながら彼女は赤く染まった傷口をなぞっていく。痛い、思わず漏れた言葉と痛みで歪んだ自分の頬を見て彼女は満足そうに笑んだ。

「では、もう行きます。時間なので、」

じくじく痛む背中に構わずシャツを羽織って彼女の腕の中から逃げるようにして彼女と自分だけの世界を裂くべくドアを開けた。気をつけてね、振り向きざま見遣った真白に染まった部屋で真っ赤な唇を弓形にしならせて笑む彼女は昨夜のように少女のごとく従順でも清廉でもないただ恋慕に狂った女の形相をしていた。恐ろしい。きっと自分の背中の傷はこの長い廊下に敷き詰められた絨毯のように赤黒く真白いシャツを染めていることだろう(あの女二度と抱いてやるものか)。