世界が反転した。 そう思った瞬間に三橋の目には真っ黒な空が映った。地面にぶつけた衝撃でずきずきと鈍い痛みが脳みそを揺らし草の青くさいにおいが鼻先をかすめた。 目線を足元に向けると榛名が三橋を見下ろしていた。無感動に見せているその目はぎらりと鋭い光を持ってまるで捕食者のそれだ。どのような経路で現状に至ったのかを三橋は冷静に思考して、それはさっきまでの平穏な時間にさかのぼった。 榛名は三橋の唇に噛みついて、それから呼吸ができない三橋をベンチから引きずり落として地面に放った。榛名の神経を逆なでにするような、もしくは劣情を煽るようなことはひとつも言わなかった、と三橋は記憶をたどる。そういえば阿部の話をしたかと思い出して、ああ、と投げやりに合点した。 (ああ、どうしてそんなにわかりやすい行動回路を、あなたは。) 三橋は脱力して、ちょうど自分の顔の真上にまできた榛名の顔をまっすぐに見上げた。榛名は唇をいやらしくまげて、情欲を満たした目で三橋を見ている。自分が被食者にならざるを得ないこの状況を理解して、三橋は白旗を振った。こんな理不尽な体制はいつものことだ。仕方がないのだ。三橋にはこうなった榛名の扱い方なんてわからない。三橋の首に噛みついた榛名の首に腕をまきつけて、三橋は静かに目をつぶった。 真っ黒い空にひとつだけ浮かぶ細い月だけが2人を見ていた。 (彼はきっと夜に狂ってしまったの、) 夜にわらう/狂気 |