玄関の扉を乱暴に開けて入ってぽいぽいとくつを脱ぎ捨ててすぐに風呂場に向かう。くつはちゃんとそろえて置きなさいとかくつしたは洗ってから洗濯機に入れなさいとかうしろから聞き慣れた声が追ってくるけれどそれは無視をする。だって練習でよごれた体を今すぐにでも洗い流してしまいたい。

自分の汗のにおいに顔をしかめながら服を脱ぎ捨てるとちくりと左の脇腹に違和感を感じた。見遣るとそこには新しくできたらしいうっすらと浮かぶ薄紫色のあざがあった。ゆっくり撫ぜさするとそれはしくりと痛む。きっと榛名の球を受けこぼしたときにできたものだと思うけれど別にそれはいつものことだ。今日特別に乱暴な球を投げられたわけじゃない。いつだって、榛名はそう。本人だってさえ自覚しているコントロールの悪さ。もちろんいいところだってたくさんあるけれど(本人に言わないだけで)。

でもふと、思う。
このあざは自分以外のだれも持っていない特別なもので榛名が自分にしか投げないということを証言するものかもしれない。そう思うと自分が榛名の球を独占していることに少し優越を感じた。榛名の球を受けられるならいくらだってあざをつけてもらってもいい。きっと痛みだって我慢できる。

こんな時、自分の中にある小さなマゾヒズムに気づいてしまうのだけど(…おれは、あほか、)。けれど明日もまた受けるだろう榛名の球を思うと腹筋の奥がぞくりとした。ああ、手の痺れる感触を、まだ覚えている。
明日が早く来ればいいのに。

2006/04/16 忘らるる・シニア阿部


クリームソーダのアイスクリームが溶けて、ソーダとのあわいでとろとろになっているところをすくって食べるのがすきだと目の前に座るあこがれの人は言う。思ったよりもこどもみたいな顔で笑うから、ああこの人も普通の高校生なんだなあと当然のことを思った。

いつか見たこころをえぐるような球を平気で投げるくせに、今その左手は細長いきゃしゃなスプーンをとってみどり色の液体の表面に浮かぶアイスクリームをすくっている。舌をみどり色に汚して、それを知らずに大口を開けて話す様子にもう一度この人はただどこにでもいる高校生にすぎないんだと思った。

自在に操る球速で魅せる左手の中にあるものすべてが特別なんだと思っていたけれど
それはほんとうはまったく自分となにも変わらなくて、当たり前だけどお箸だってえんぴつだってあの左手に握られるんだ。そう思うと目の前にいるのに遠いところにいた人が急に身近に感じられてひどくうれしくなった。きっと手を伸ばしてもだいじょうぶだ。この人に触れることはできる。未だ、名前を呼ばれることは特別に、こそばゆいけれど。
(いつかはこの人の名前を呼んでみたいと思う。)

2006/06/14 とける・はるみは