(触れる度に遠く離れていく気がするのは、)

だるい体をベッドから引き離すと隣にいるはずの三橋の姿はなかった。瞬時に巡らせた考えはどれも馬鹿らしく、溜め息でかき消す。

「三橋、」

ふと、なぜか堪らない気持ちになって名前を呼んでみる。返事がないことは明らかだとわかっているのに。

「どこ、」

(例えばこんな時、こんなにも不安になるのは、君を、)


床には三橋の抜け殻が乱雑に脱ぎ捨てられている。白いシャツは目にまぶしく、今のこの関係とは真逆のものに思われて仕方がなかった。

「三橋、」

三橋に触れることを望んだのはいつだったか。最初は無自覚のふりをしてそれなりに楽しんでいたはずだったのに。触れること以外、なにも望まなかったのに。

(好きだなんて、)

いつの間にか今以上のものが欲しくなった。見返りを求めないなんていう優しい感情ではない。それは確かな激情だった。

「好きだ」

けれど、そう呟いた言葉は重過ぎて、フローリングの床にまっすぐ落ち、 空気を振動させることはなかった。

ふと、部屋のドアがノックされた。三橋の声がする。ああ、きっと、三橋はドアの向こう側でいつも通りの笑顔だ。きっとなにも変わらない。なにも変わってはいけないんだ。

ゆっくりと目を閉じた。三橋の呼びかけに言葉を返しながら、この関係の終末を思った。

(こんなにも不安になるのは君を好きだからか、)