ヴァインベルグ卿は少し寡黙になった。一体何が彼をそうさせたのか誰も知らない。知っているのは彼がゼロの部屋を訪ねていること。それだけ。どうして訪ねて行くのかもどうしてその必要があるのかもやっぱり誰も知らなかった。

ヴァインベルグ卿は躊躇うこともなく美しく磨かれたノブを回して扉を開いた。その扉は高質で誰もが開けるのを躊躇ったが彼だけはそんなことはなかった。ただ唯一ヴァインベルグ卿が勇敢な青い目を動揺で濡らすのは彼が望んだ人物を真正面からとらえたときだけだった。

「ノックの仕方ですぐ君だとわかるよ、ヴァインベルグ卿。とても急いているから。」

ヴァインベルグ卿の目の前には右手を掲げてノックの真似事をする黒い仮面を被った男がいた。彼はゼロだ。平和と自由の象徴。英雄。独裁から民を救った救世主。
ヴァインベルグ卿がゼロの部屋を訪ねるのは彼にとってとても自然なことだった。呼吸をするように瞬きをするように。彼はただ友人を訪ねて来ているのだから。しかしヴァインベルグ卿が会いたいと望んでいるのはゼロではなかった。彼が望んだのは黒い衣装に全てを包んだ目の前の男に殺された友人だった。

「君は満たされているか、ゼロ。」
「それは難しい質問だ。私がそれに答えるのは容易なことじゃない。先に君の答えを知りたいよ、ヴァインベルグ卿。君の答えを聞かせてくれ。」

仮面の下、緑色のガラス玉を嵌めた眼の男がそう言ったのかそれとも全てを捨ててゼロになった男がそう言ったのかヴァインベルグ卿にはわからなかった。なめらかな漆黒のマントの下にあるしなやかに筋肉のついた体は彼の友人であることを語っているのに。翡翠の目だけでなく彼の本音も仮面が隠してしまっているのではないだろうか。ヴァインベルグ卿は思った。もしそうであったらきっとヴァインベルグ卿はそれを許せないだろう。

「答えは否だ。だってスザクがいない。ゼロ、君にとってもそうであったようにスザクは私の大切な友人であった。私は幸せであるはずがないんだ。」
「ヴァインベルグ卿、何度も言うが枢木は死んだ。君が彼をいつまでも追う必要はないんだよ。時間の無駄だ。」
「では私は一生スザクに会えないというのか、」
「そうだよ、ヴァインベルグ卿。」
「名前さえも呼んでもらえないと、」
「そうだ。もう一度言う、彼は死んだんだ。」

ヴァインベルグ卿は静かに扉を閉めた。一体いつになれば望んだ人間に会うことができるのか。何度訪れてもわずかな希望は仮面の男が砕いてしまう。
しかしきっとヴァインベルグ卿は明日からまたゼロの部屋を訪ねるだろう。確かにスザクは死んだ。墓だってある。けれどゼロの体はスザクの体だった。かつてスザクと呼ばれた男が生きていた唯一の証明だった。