「じゃあ明日も早いしもう帰るね、」

そう言って三橋は妙にすっきりした顔で手を振りながら帰っていった。爽やかな三橋とは対照的に自分は乱れたシーツの上で下腹や下肢を体液で汚したままぐったりと横たわっている。汚した当人はとっとと自分の汚れだけを洗い流して形のいいスーツを乱すことなく去っていった。なんと情けないことだろう。これから後始末をしなければならない自分の姿を想像して少し泣きたい気持ちになった。しかしこれは毎度のことだ。今更三橋になにかを期待したところでなにも変わらない。

高校を卒業して10年。ひさしぶりに会った三橋の見た目はなにひとつ変わっていなかったが、傍から見れば誰もが認める爽やかな青年になっていた。その姿に当時密かに抱いていた三橋への恋慕が募り、酒の勢いでそう伝えたらじゃあ寝ようか、と挨拶みたくごく簡単に言われた。初めはあの三橋がまさかそんなこと、と思っていたが気づいたら今のこの関係が構築されていた。

三橋はこういう軽い関係に慣れているようだった。高校を卒業して10年も経っているのだからいろんな経験があって当然だが、初めて三橋と関係を持ったときは正直衝撃を受けた。別に甘い言葉をかけてくれることを期待していたわけじゃないが、自分が好意を伝えてこんなことになったわけだからこの先どういう付き合いをしていこうとかそういう相談があるはずだと思っていた。それなのに三橋は行為後すぐにひとりで準備を済ませて帰ってしまった。なんて最低なやつなんだ。少しでも三橋との関係を喜んだ自分がみっともなくて可哀相な存在に思えた。

しかしその後三橋に誘われるままに呼び出されてその度にそれをよしとしている自分がいる。三橋に片恋していた当時の自分がプライドの邪魔をするのだ。三橋に特別な感情がなくてもこんな蜜月もう二度とない。そう思うとどうしても出向いて行ってされるがままにされることを望んで許してしまう。

緩慢な動作で時計を見遣る。そろそろ自分も帰らなければ明日の仕事に支障をきたす時間になっていた。だるい体をゆっくり起こしてそろりと立ち上がる、と同時にぽたぽたと自分の下肢から液体が零れ落ちた。萎えた自分に絡まる白濁は非常に滑稽で嘲ってしまう。それは決して自分のものにはならない三橋をいつまでも期待しているのだ。三橋に特定の女友達ができたらさようならの関係であることはわかっているはずなのにどうしても断ち切れないでいる。自分を好き勝手に扱った指で手でその女を扱うのだろうと思うと憤りを抑えられない。

自分はばかだ。ベッドサイドのローテーブルに三橋が残していった煙草の空き箱に焦点を合わせたがそれはぼんやりと滲んでいく。自分は二度と叶うことのない恋慕と共にこの関係が終わる日まで三橋に抱かれ続けるのだ。散々自分を舐っておいて簡単にさよならを言うつもりの三橋はなんて非道なんだろうか。最低だ。しかしどれだけ罵っても三橋を嫌いになれない自分はもうどうかしてしまっている。三橋の目の前で素直に泣くことのできない自分が可哀相で可哀相でいよいよ溢れ出したものが止まらなくなってしまった。