昨日までグラウンドで必死になってボールを追いかけてどんなに汚れても楽しんでいられたのに今日になっていきなり世界が変わってしまった。テスト週間のせいだ。
教室の入り口近くにある小さい黒板に各教科のテスト範囲が書かれてあるプリントが張り出されてみんなはその内容を写すのに必死になっている。
おれはどうしてもその輪に入っていくのが嫌で遠く離れた自分の席からぼんやりとみんなの様子を見ていた。
ああもうめんどくさい。家に帰って勉強するだけの2週間なんて本気でつまらなくて吐きそうだ。やだなぁやだなぁ。
どうしてみんなそんなに必死になれるのか理解ができなくて頭が痛む。

おれは野球さえできたらいいの。ほかにはなにもいらない。ほしくない。
ああ、でもあとは少しの性欲と食欲と睡眠欲が満たされればなにも言わない。
かしこい頭やみんながうらやましがる成績表なんてそんなもの少しもほしくないんだ。
おれの価値観はきっとみんなと違うんだ。おれはしたいことを全力でしたいだけなのに。

ああ、けれどそうなんだ。
現実に引き戻されるのはいつも突然でおれはその度にずっと野球ばかりをしてはいられないことを知る。
けれどどうだ。おれには数式や知らない国の言語や化学の知識が必要だなんてこれっぽっちも思えない。
ああ、もうおれの道は前途多難すぎて真っ暗闇の中を辿っていくしかない気がして仕方がないんだ。ねえ、おれは一体どうしたらいいの。

そんなことを考えながら適当に視線を動かしたらおれと同じことを考えているのかそれとも全く違うことを考えているのか普段めったに接触のないクラスメイトを見つけた。
彼はぼんやりと椅子に座ったまま黒板を取り巻くみんなの様子をまるで遠い世界を見るみたいに見つめていた。
ああ、そうだ確か彼も勉強は苦手だったなあと思い出して、そしたら急に仲間意識が芽生えた。そうだ、きっと彼も勉強なんかよりしたいことがあるのにそれが妨げられていることに憤りを感じているんだ。
いや、別に憤りを感じてなくても勉強なんかしたくないに決まってる。ああ、待てよ、勉強なんてみんななるべくしたくないに決まってるじゃない。
そうだきっとテスト範囲を把握するのに必死なって黒板に群がっている彼らだって同じ気持ちだ。なのにみんな一生懸命勉強するんだ。なんのためになんて具体的な信念も持たないで。

そう思ったらなんだかますます更にやる気を失って今度こそおれは自分の将来を心底案じた。どれだけ繰り返して覚えても全く頭に入らない数学や化学の公式とか英単語とかどこを見てもついて回るそれらに本気で嫌気がさして少し死にたい気持ちになった。
おれはなにもしたくないんだ。勉強なんかしたくない。勉強なんて今すぐにでもなくなってしまって誰もおれがグラウンドに一日中いても何日いてもどれだけ野球に夢中でも文句なんて言えないようになればいい。
そうだ勉強なんて消えてなくなってしまえばいいんだ。
ああ、もういっそボールかバットかベースになるか、もしくは鳥になれたらどれだけしあわせだろう!