「暑いな、」 冷房が心地よくきいている喫茶店の中でほおづえをつきながら榛名はぽつりとそうつぶやいた。目的もなく、なんともなしに発せられたそれは目の前に座る三橋にでさえ拾われることなく簡単に消えていく。榛名の目線は窓の外に向けられていて、太陽の真下を汗を拭いながら歩く人々について右に左に動いた。 (ああ、眺めているだけで体が熱くなる。) もう一度暑いな、と言って榛名は三橋に向き直った。 榛名の目の前に座る三橋はしゃりしゃり、と氷の山を少しずつ崩しながらかき氷を食べている。氷にかかったみどり色のシロップが溶けた氷と混ざっていかにも不健康そうな色でカップの底に溜まっていた。目にひどく鮮やかなそれは外国のこどもが食べる見た目ばかりがきれいなお菓子に見えて榛名の目にはとても魅力的なものには見えなかった。けれど三橋は目の前に座っている榛名にさえちらりと目線もよこさずにかき氷を食べている。夢中になる余りに前のめりになっている猫背にああ本当にこどものようだと思って榛名はとたんに笑いたくなった。 「な、」 「ん、」 「暑いな、」 「そ、ですか、」 榛名の問いかけに三橋はなおざりな態度で答えてすぐに手元の小さなプラスチックのスプーンで氷をすくうことに夢中になった。三橋は飽きることなくすくっては食べ、食べてはすくうを何度も繰り返す。ちらちらのぞく舌はみどり色に不健康そうに汚れて、けれど三橋の頬は明るい。普段は絶対的な力で三橋を支配する榛名の言葉もこんなときばかりはなにも三橋に働きかけないらしいことを知って榛名はやっぱり笑いたくなった。 (ああ、なんて実直でばかみたい。まるでほんもののこどもだ。) こどもの三橋に笑んで榛名はもう一度暑いな、とつぶやいて窓の外に目を向けた。拾われない言葉はすぐに落ちて消えていったが榛名はそれでもひとりたのしかった。三橋の氷を削る音がしゃりしゃりと静かに、けれど榛名にはその音が心地いい。食べ終わった三橋の舌をあとでなめてやろうと榛名はひとり笑った。 夏がきた/日常の2人 |