組み敷いた三橋はさっきからひとつも動かないままでどんだけなめたり触ったりしても目は天井にくぎづけで息も声ももらさない。そんな三橋を見下ろしているとひどくしゃくにさわった。普段はうっとうしいくらいに思いを顔に出すくせになんでこの状況下でこんなにも無表情をかたくなに作っているんだろう。盛り上がった気持ちが一気に急降下していくのがわかって興ざめした。知ってる、こういうのを萎えるっていうんだ。 けれどそれでもどうしてかあきらめがつかなくて躍起になって普段陽にあたらない白いままのやわらかい肌に歯をたてた。やわやわと三橋が反応を返しそうな撫ぜかたで誘う。少しでも反応を返してくれるだけでいい。それだけできっとこの憤りは簡単に消えてくれるはずなんだ。三橋にさえ触ってもらえれば胃の奥で留まったままの気持ちが消えるような気がする。 「ごめんね、阿部くん、」 鎖骨に歯をたてたとき、ふと、三橋の腹筋がふるえた。そのせりふに期待と不安の気持ち半分ずつで三橋の顔を見遣ったけど三橋が顔を手のひらですっかり覆ってしまっているから今どんな表情をしているのかなんにもわからなかった。ただ指のすきまから見えるくちびるが薄く開いて、赤い舌先が動いているのが見えた。それから少し遅れて声が耳に入ってくる。その声は、しかし、ふるえてはいなかった。 「おれは阿部くんに触れない、」 ごめんね。そう言った三橋の声は小さいくせに直接脳みそにひびいて、とたんにさっきとはちがう腹の奥底がひんやりと冷えていく気持ちがした。さっきまで三橋の腹を撫ぜていた指は急に冷めて動かない。三橋が発した言葉をすぐに理解できなくて急激にあふれ出したいろいろな思いと脳を打ち付ける衝撃とで目の前がくらむ。指で隠れて見えない三橋の顔がじわりと歪んだ。目の奥がきゅんと、痛い。 「三橋、」 「ごめんね、」 「どうして、三橋、」 「ごめんね、ごめんね、」 三橋は表情を見せないままにそう繰り返す。ごめんねごめんねごめんね。目隠しをされたこどもが許しを請うみたいな様子は斜から見れば滑稽だけどまるでなにかの呪文か免罪符のようにそればっかりを繰り返して言う三橋にさっきよりも強い怒りを感じてただ殴りたい衝動を抑えるので必死だ。ああ、こんなにあけすけな姿をさらしておいて今更そんなことを言うのか。きっと三橋はこどもの面をかぶった鬼かなんかに違いないんだ。 「おまえ、またおれから逃げるの、」 「ちがうよ、ちがうんだ、」 「なにもちがわないよ、」 「ちがうよ、阿部くん、おれはきっと、」 (阿部くんに触ったらきっと傷つける、) 「ごめんね、阿部くん。おれはきみに触れない、」 三橋の声はしっかりと芯を持って鼓膜を揺らしたけど自分の視界は滲み出した液体で今にも零れそうだった。未だに顔を見せない三橋にそれは本望だと伝えたかったのに音にする前に嗚咽になって消えてしまった。ただ三橋の肌のあたたかさが冷えた手になじんで絶望の中心地よかった。 (この熱を君にあずけてすべてあばいてほしいのに。 ねえ、それはいったいいつになったら叶うの、) |