三橋はおれの目の前で泣く。泣くことのできないおれの目の前で泣く。その涙は三橋のとっておきの手法で、そして彼をしばりつけるための最上の手段だ。三橋はその涙で彼のやさしさを獲得して、おれは泣けないために彼のやさしさを得損ねるのだ。 三橋は彼のやさしさをだれよりも多大に受けているはずなのにないものねだりの悪いくせでもっともっとといつもねだって見せる。けれど純真な彼は三橋のそんなわがままな振る舞いに真摯に接していつだって三橋の望むだけのやさしさを与える。それを傍から見ているおれは三橋の小さな優越感を満たしているだけの存在にしかならないのだ。泣くことで彼のやさしさを得られないおれを、三橋は無意識の底辺に見え隠れする優越でおれを笑っている。 (わたしは廉のことを思ってこんなに泣けるのに、叶はどうして涙のひとつも流さないの。それで廉のことを思っていると言えるの。) 三橋は彼に密かな慕いをおれが抱いていることを知っている。けれど三橋はそれに気づかないふりをしてその確かな存在を否定する。だからことあるごとにおれの思慕をののしってはその心を満たすのだ。 しかし三橋はきっと彼とおれの友情にはどうしたって勝てはしない。だっていつも彼の一番近くにいるのはおれなのだ。マウンドから見える景色も性も共有しているのは三橋ではなくおれなのだ。三橋が易々と彼のやさしさを手に入れるかわりにおれは彼との友情を手に入れた。そこに存在するのは確かな優越。決して踏み台にはできない三橋への精一杯の自尊心だ(これじゃあまるで三橋となにも変わらないけど)。 それをもってしてまつげに涙の粒を乗せてうつむく三橋に、ただ笑ってやりたい気持ちになった。 (ねえ叶、なんとか言いなさいよ。あんたが廉のことを慕っているなんてわたしは認めないわ。廉のために泣けもしない人間なんて彼を思う資格なんてないのよ。) (ああ、なんだってののしってくれ。おれが泣かないのは一度だって泣いてしまったら彼への思いと無情な世界の秩序への思いが止まらなくなってしまうからなんだよ。) |