2人の関係が羨ましいと思うようになったのはいつの頃からか。顔を見合わせれば死ねだの殺すだの物騒な言葉しか交わさない間柄を羨望の目で見るなんていうのはどうかしていると思うがそう思ってしまったんだから仕様がない。結局のところどれだけ口でなんと言おうと腹の奥では信頼固い絆で結ばれているんだから嫌になる。そうなってしまっていたらそれを解いてしまいたいと考えている自分の入る隙間なんて少しもありもしないじゃないか。 早い話、俺は副長になってしまいたかった。 * 今日も沖田さんは隊務を放り出してどこかに出掛けてしまったらしい。大方書類の整理が面倒になったんだろう、あの人の行動の原因は何年か一緒に暮らしている者にとっては想像容易い。しかし心中までは読ませないのが沖田さんなのだ。何を考えて何を思っているのか、この手に掴んだと思ったらするりと抜け出して逃げていく。それが悔しくて悔しくて今度こそやっと掴んでやったと思ったらまたどこかへ舞ってしまう。なんという鼬ごっこだろう。沖田さんも楽しんでそれをしているきらいがあるから根っからの性悪だ。 副長はそんな沖田さんの怠慢に分り易く怒っていた。何年経っても思考の尻尾を掴ませてくれない苛立ちを抑えるために吸った煙草の残骸が灰皿からこぼれ、机の上に広げられた書類を汚している。胡坐を掻いた右足は世話しなくいらいらをリズミカルに刻んでいた。昼間でも薄暗い副長室に通されて副長の凄まじい形相を見た途端、正直またか、と思った。よくまあ懲りないものだ。沖田さんの騒動ははっきり言って日常茶飯事なのだ。それに一々青筋を額に浮かせて怒鳴るもんだから沖田さんが面白がるのも無理ない。呆れながら、ぎらぎらと鈍い色で光る目に睨まれるままに報告した。 「またただのサボりでしょう。そんな心配することはないですよ、」 「俺が気にくわねえって言ったら気にくわねえんだよ。連れて帰って来い、」 副長に無理難題ふっかけられるのが自分の仕事だ。そしてなんとか宥めすかすのも自分の仕事だ。なんと面倒くさい上司を持ったのだろう。心の中で思い切り溜め息を吐きながらそのうちいつものようにひょっこり顔見せに来ますから大丈夫ですよ、と遠まわしに探しに行くなんてやだよ、と言ってやったら、そのうちじゃなくて今すぐにだ、と腹に響くような声で返された。ああもうこの忙しい時分になんてこと言うんだこのやろう! 結局、沖田さんがふらふらとどこかへ遊びに出掛けてしまうのは副長の怒ってる姿を見るのが楽しいからというのも少々ある気がする。沖田さんにからかって遊んでもらえるなんて自分からしたらそれは非常に羨ましいことだ。自分は沖田さんにきちんと1人の人間として認識してもらっているかもあやしいというのになんと妬ましいことだろう。沖田さんの1日は副長をどうやって殺してやろうか思案することに大半を使っているような気がする。そう思って正直な話腹が立ってきた。むかつく。自分だって沖田さんに構ってもらいたいのに。副長は自分が望んでも手にすることのできない位置で悠々と胡坐を掻いて自分を見下ろすのだ。許すまじ。 「副長は沖田さんのことなんやかんや言いますけど結局はかわいいんじゃないですか、」 するりと思いもかけず口から飛び出た言葉は自分でも驚くほど棘棘しかった。副長も狐に摘まれたというようなまぬけな面で自分を見ている。ああなんかやちゃったなあと思ったがここは急に沸点に達した怒りに任せて全て言ったもの勝ちだ。後で甘んじてお怒りも受けるとしよう。沖田さんがどこぞの悪女に誑かされていやしないかだとか変なもの拾って食べていやしないだろうかとかそんなこと心配している副長は、外だけじゃなくて内にも沖田さんに迫る危険があることを知るべきなのだ。 「沖田さんも憎まれ口聞きながら副長のこと信頼してるし、」 「…、」 「沖田さんの機嫌を斜めにできるのも副長くらいですよ。」 十分過ぎる沈黙の後、それは妬いてんのか、と静かに言われた。ここまで言っておいて否定するのもいやらしいなあと思ってそうです、と答えたら、また少し副長は黙って、短く溜め息をつきながらお前も物好きだなあと呆れるように言った。あんただってその物好きじゃねえかと思ったけどそれはおくびにも出さずに自分でもそう思います、と答えた。 「駄目ですか、」 「別に、」 「じゃあ心配ですか、」 あんな奴の心配なんかしてやるか、そう副長は言ったが本当は内心手塩にかけて育てた可愛い弟分が変な奴に懸想されて気が気じゃないくせに。自分には副長の沈黙がそう言っているように聞こえた。 しかし沈黙の間少し冷静になって途端自分の発言が恥ずかしくなった。話を断ち切るために沖田さんを探しに行ってくると痺れの切れた足を摩りつつ伝えると早急にな、と言ったきり副長は視線を机の上の書類に落として黙ってしまった。文章を追う眼球は世話しなく動いているが果たして頭はそれと共に回転できているんだろうか。余計なことを言ったのかもしれない、と急に申し訳ない気持ちがわいてきたがもう今更だった。 きっと沖田さんはまたどこかで惰眠を貪っているだろう。探しに来た自分を見てなんというだろうか。何も言わないかもしれないし何も思わないかもしれない。いつになったら沖田さんに1人の人間として扱ってもらえる日が来るんだろうか。副長になってしまいたいと願う自分は本物だ。しかし沖田さんの視覚の中にいるだけでもいいと思う自分も本物だ。はあ。自分の複雑な恋慕に挫けそうになりながら早急に、と言った副長の顔を思い出して取り合えず早く連れ帰ってやろうと思った。きっと色々考えるのはそれからでも遅くはないだろう。 |