彼の部屋に案内されて後ろ手にドアを閉めた途端、乱暴に腕を引かれてそのまま寝台に押し付けられた。押さえつけられた肩に食い込むほどに力の入った指はそのうち自分の首を絞めるのではないかと恐怖するくらいだ。急展開に意味がわからないでいる間に彼の端整な顔は睫毛が一本一本識別できる距離にまで迫っていて、でも自分がそれを実行する前により間近になって彼の眼球しか見えなくなってしまった。 そしてそのまましつこくねっとりと満足するまで自分の酸素を奪っていく。どうしてこんなにもとこちらが呆れるほど彼はそれに懸命になるから、されるがままの自分は彼の質素な飾り気のない真白い部屋の天井を見るしかなかった。 冷静に今の状況を頭の隅で判断してでもどうにもできないことを知った。彼と自分の対格差は誰がどうやって見ても明らかで、きっと彼は自分を女や子供と同じように扱っていて自分を男だなんて少しも認識していない。ああ、なんて可哀想な彼の脳みそ、そして自分の存在。しかし満更でもないのだから自分は自分で思っているよりも相当どうかしている。 いよいよことに運ぼうと決心した彼は自分に体重をかけた。同時に寝台の螺子がぎしりと耳障りな嫌な音を出して自分に合図を出す。それを聞いていつもこれから恐怖と悦楽の時間がくることを知るのだ。すでに彼は自分のシャツの襟を捲って彼お気に入りの首筋に噛みついている。手加減を知らないのかたまに本気で噛んで平気で激痛を与える彼に自分はいつも筋肉を妙に強張らせて待っていなければならない。 そろそろ与えられる沢山の刺激に脳みその容量が足らなくなってしまいそうで、抑えても静かに漏れる声に自分で恥ずかしくなる。彼を煽ることだけは避けたつもりだったがなにをどうしてか彼は急に冷たい手で自分のみぞおちあたりの肌を撫でた。予想外の彼の行動についていけなくて諌めるために名前を呼ぶ。 はるなさん、はるなさん。 自分の覚悟はまだ固まっていないのに彼は先々を想像してひとりで楽しそうだ。こうなると彼の耳はばかになって何の音も拾えなくなってしまう。 はるなさん、はるなさん。おれまだやだよ。いたいのはやだ。 おねがいだからやさしくしてください。 懇願と切望の塊みたいな情けない声に自分でも心底呆れたが彼は眉をしかめて、そして自分を一瞥して、うるさい、黙って触らせろ、と言った。 彼は一見歪んでいる言葉を投げつけたように思えたがそれは彼の現在の心境を表した一番解りやすい言葉だった。熱に浮かされた今の彼は本当にどうしようもないばかであほうだから言葉をどうして修飾するか知らない。でも確かにそんな単純で幼稚な彼に思考を奪われたのは自分で、ああどうして、 はい、どうぞ、 なんて二つ返事をしてしまったのか。しっかり考えようと思う意思はあるのに彼の肌を撫ぜる指の動きに全てが飛んでしまった。それを確認した彼はいやらしく白い歯を見せてにやりと笑った。ああ、明日自分は生きているだろうか。 これから訪れる恐怖と悦楽の時間を望んで静かに目を閉じた。 (でもおねがいだからやさしくしてください、) |