グラスの中の氷が溶けてからりと音をたてた。その水分を欲したのは三橋だったが、しかし本人はさっきから榛名に首筋を噛みつかれている。三橋は今一番に水分を求めているが榛名がどうしてもそれを与えることを許さない。 榛名は半呼吸困難の三橋を無視して何度も何度も角度を変えて自分の気が済むまでしつこく三橋の酸素を奪っていく。さすがに頭のゆるい三橋も榛名のやらんとしていることを理解して文句のひとつでも言ってやろうと口を開くが、開いたそばから榛名はその隙間を目聡く見つけてまた三橋を苦しめる。 息のできない三橋は榛名の肩を押し返して抵抗することもろくにできずにただ頭の中に降参の二文字を浮かべた。 榛名の肩越しに見えるローテーブルの上にふたつ並ぶグラスに三橋は投げやりに視線をやった。それは少し前に喉が渇くと言った三橋に榛名が与えたもので麦茶に浮かぶ氷は目に涼しい。グラスの周りの水滴は三橋が求めている水分そのもので早くつかんで干からびてしまいそうな喉目がけて流し込んでしまいたかったが、しかし今口内は冷たい水分で潤うどころか溢れる唾液で満たされ挙句に喉は何も満たされずに唾液を嚥下するしかない。 抵抗することもできずに三橋の脳は榛名の舌に殺され、酸素がうまく循環しない冴えない意識の中で三橋は手に入らない冷えた水分のことをぼんやり考えた。 一度は確かに与えられたグラスを三橋はつかんだ。しかし三橋のその姿を見て榛名は何が情欲の呼び水になったのかそれを押し込めることができずに三橋を乱暴に引き寄せて思うように扱い始めた。いつも突然に始まる榛名の行為を知っている三橋だが今回ばかりはあまりの突発的な榛名の行動に閉口するしかできず安易にグラスを手放してしまった。きっとそれが三橋の敗因だったのだ。 今は榛名の思うつぼで逆らえない三橋はいつの間にかぬるい床に押し付けられていてさっきより随分優しくなった榛名の扱いに思考が全部喰われて何も考えられない。今はななめ下から見上げることになってしまったグラスに三橋は焦点を合わせていくつかあった氷がだいぶ小さくなっていることを知った。それは時間の経過を否応にも三橋に伝えて、同時に諦めの方法しかないことを教えた。 榛名が三橋の頬を撫でたとき、三橋は思考を捨てた。 グラスの中の最後の氷が溶ける音を聞きながら。 溶ける氷のように/キス |