自分の胸を押し返す三橋の手のひらの冷たさでにわかに意識が戻って全身に循環していた血液がさっと引いていく思いがした。
劣情の勢いのままに組み敷いた三橋の体は自分の体の下で小さくなっていて、その姿から自分の乱暴な行動を瞬間に思い返して羞恥で脳みそが揺れた。
床に押し付けていた三橋の肩はひんやりとしていて、少し震えているように思えた。

「阿部くん、」

自分の名前を小さく呼んだ三橋の声は決して揺れてはいなかった。ただ口元をゆるめてかなしそうな顔をして笑っているだけだ。ああ、決してそんな顔が決してみたかったわけじゃなんだ。ほんとうだよ、三橋。

「ねえ、こんなことしたってなんにもならないよ。だっておれたちは男同士なんだ。ねえ、阿部くん、」

ぽつり、と言った三橋の言葉は目頭につんときて、更に脳みそを冷ましていく。ぐらり、目の前に現れた涙で三橋の顔が歪んでいく。非生産的な行為を道徳に背いてまで押し通したその先になにもないことを三橋はきっと自分よりも理解している。
ただ自分の情欲のままに三橋に行為を強制しても傷つけるだけだと承知していたはずのゆるい意識しか持っていなかった自分に目の前が暗くなった。どうしてこうなったんだろうなんて自分にだけ都合のいい疑問を持つ自分の嫌悪する。
違うんだ、三橋。ほんとうにこんなことするつもりなんてなかったのに。

「阿部くん、ねえ、泣かないで。」

そう言った三橋の声はやっぱり揺れてはいなかった。