父の肉は誘うように刃先を受け入れた。まるで抱かれるように内臓に包まれたナイフはしかし鋭角に肉を突き破り血管を切断した。大きく裂かれた傷口から密林にしか生息しない植物の花弁のように鮮やかな赤い色をした血液が流れ出して父の隙間から垂れていく。鮮血は父の太くて逞しい指、糊の効いたスーツ、そしてよく磨かれた靴を順に濡らし最後に床を真紅に染めた。 父は足元から崩れ落ちて頸を垂れた。苦しげに吐かれる息と母音が僕の耳を侵す。スザク。父が断末魔のように途切れ途切れに名を呼んだが僕はそれに返答などしなかった。僕は今まで見ることのなかった父のつむじを見てまるで父が僕に跪いているかのような気持ちになった。そして僕の靴を舐めるような姿勢の父に僕は初めて勝ったのだと思った。 僕は子供だった。無残に崩れた明るい日々を取り戻そうとして怒りのままに父を殺した。父の死が全てを解決するのだと信じていた。その後捩れてしまう自分の人生など何も気に留めていなかった。浅はかだったのだ。僕は未だに床に染み込んだ鮮血を忘れられないままに恐怖して生きている。あの時僕は苦しむ父の姿を優越感と後悔の入り混じった思いで見つめながらしかし手を差し出さずに見ていた。きっと父を刺し殺した時に父と共に僕もずっと死んだままなのだ(しかし初めてナイフを握ったあの高揚感が今でも忘れられないままでいる)。 |