利央はいつだって自分に素直で人の顔色なんかまったく気にせずに思ったことを何でも発言するし他人に甘えたり頼ったりなんて当たり前だと思っている。
悪意も好意もすぐに示すし感謝することが素晴らしいことなんだと言ってまわりの人間みんなにありがとうありがとうと言っていつも満足げだ。
その様子をいつもはたから見ていてなんでか突然ある時利央のその素直さがいやになって許せなくてしょうがなくなった。
もしかしたら今まで心のどこかでいやだいやだと思っていた気持ちが蓄積されたものかもしれないけれど、利央にいらいらしていつかなにかしらしかけてやろうと思っていた。
そうだ、傷つけてやりたいと心底思ったんだ。

それだからか、今日ついに我慢が切れて口汚い言葉で利央を存外に罵ってしまった。
今の今まで積み重ねられてきた利央に対する苛立ちだとか憎らしさだとかそんなの全部を言葉にして利央に投げつけてしまった。
止まらないおれの吐露に利央は口を半開きにしてぼんやりと聞いていたけど、利央の顔はおもしろいくらいに瞬間にくもって、ああ、こいつ泣くかもしれないと思った途端に利央は足元からくずれ落ちるようにしゃがみこんでふわふわと所在なさげに揺れるやわらかい髪の毛をぎゅ、とつかんだ。
嗚咽こそは聞こえないが利央の体がかすかに揺れているのを認めてやっぱりこいつ泣くわ、とただそう冷静に思った。

「準さん、準さんはいつもおれに対してそんなこと思ってたの、ねえ、準さん。
わけわかんないのはおれのほうだよ。
準さんはもうおれがこんな人間だって知って長い間一緒にいたのに。なんで今更そんなこと言われないといけないの。
ねえ、準さん。
おれはおれで他の誰でもないんだよ。準さんが望んでるような人間じゃないの。
ねえ、おれは準さんのそういうとこがすごくきらいだよ。」

利央はおれの言葉が尽きた瞬間に饒舌に息継ぎをしないで言葉が次から次へと溢れて仕方ないと言わんばかりに喋りはじめた。
まさか利央がこんなこと喋りだすなんて思ってなかったおれは突然の予想外の展開にあっけにとられていたけど、途中利央がしゃがみ込んでいるごつごつした黒いコンクリートに小さな水滴が落ちて染みをいくつか作っていくのが見えてやっぱりこいつ泣いたわ、と思った。
顔を地面に向けたままで利央の顔は見えないけれど、普段の利央の素行からどんな顔をしているのかは安易に想像がついた。
けれど、そのことに特には意識を向けずに利央の言葉を耳から耳へと通していく。
不思議と体の中はからっぽな気がした。

「準さんは答えを出してくれる人間がそばに欲しかっただけなんだよ。
だからおれじゃだめだったんでしょ。
ねえ、おれは何だって口に出して準さんを促すどころかひっかき回すだけだからいやになったんでしょ。
準さんは自分を導いてくれる人間が傍にいてほしいだけなんだよ。
ねえ、でもわかってるの、」

利央が大きく空気を吸い込もうとしているのが肩のゆれでわかった。
瞬間、次に利央が言おうとしていることがなぜかわかってしまった。
きっとそれはおれが一番に認めたくないことで一番に悲しいことだ。
きっと、まちがいない。
利央はそれがわかっているんだ。おれがそれについて今まで触れなったこと。触れたら折れてしまうこと。
ああ、こいつだっておれのこと傷つけたいのかもしれない。

「和さんはもういないんだよ、」

利央は断末魔のように大きく叫んでそれから糸が切れたかのように嗚咽を隠さずに泣き始めた。
小さい子供がだだをこねるときみたいな泣き声をひさしぶりに聞いた気がする。
けれどこんなことおれは想像もしなかった。
どうしてこんな状況になったんだ、おれはただ利央に常の不満をぶちまけて利央を少し傷つけてやりたかったんだ。
なのに結局は利央を傷つけるついでに自分も傷つけてしまった気がする。
いや、これは当然の報いか。
ああ、でも利央。おれはやっぱりお前のその自分に素直で忠実なところがきらいだよ。
おれだって泣いてしまいたい気持ちなのにおれはお前みたく泣く方法を知らないんだ。