「ねえ、旦那。
よかったらあたしの首絞めてくんねえかい、」

薄汚い女郎屋ですっかり堕ちた年増の女郎との一興の後。事後の怠惰な体を持て余して寝付けずにさて、これからどうしようかと思っていた頃。
目元に薄っすら皺を浮かべながらさっきまで汚い声で喘いでいた女が言った。

「ね、お願いだよ、旦那。」
「はあ、またこれは唐突だなァ。」
「旦那全然動いてくれなかったからこれくらいいいじゃないか。」
「はあ。」

悪態をつきつつ皮膚が垂れ下がって貧相な女の首に手を伸ばした。元来絞めるとか殴るとか蹴るとかに興奮を覚える性質なのだ。誘われたらなんだってする。

「は…、」

女を組み敷いて馬乗りになる。首を絞め始めると女が小さく声を漏らした。徐々に絞める力を強くすると女の顔が更に醜く歪んでいく。苦しみと恍惚の間で喘ぐ女を見下ろしながら、そう言えば今まで誰かの首を絞めるだなんて1回もしたことなかったなあなどと思った。
自分の手の中にはいつも刀があった。刀があれば美しく人間を殺すことができた。それが今はどうだ。何十人何百人と人間を殺してきた自分が素手でだれかを殺そうとしている。
少し、初めて人を殺したときの気持ちに似ていると思った。

ぼんやり考えこんでいるうちに女はすっかり満足したらしく、自分の手を払い退けてむせ返りながら意識がとんでなくなりそうなときが一番気持ちいいのだと垂れた目に涙を浮かべながら言った。

「どう、旦那もやってみるかい、」
「いや、俺はちょっと遠慮願いやす。こんな悪趣味ついていけねェや。」
「あは、そう。でもねえ、」

にやり、女は頬をつり上げて次も待ってると言った。だれが二度とこんなぼろい女郎屋に来るか、と思ってまあ、気が向いたら、と返答を濁して乱れた着物を正して女に背を向けた。出口へ向かう階段を下りながら世の中変わった奴がいるもんだなあと思ったが、女の首から離れた途端に掌に残る皮膚の押し返しが恋しくなった自分も人のことが言えないなあと溜め息まじりに思った。