三橋が自分の名前を呼ぶ度に見え隠れする赤い舌が仄暗い部屋の中でひどく扇動的だった。淡く光る濡れたまつげを雫ごと口に含んでしまいたいという衝動に駆られる。それから三橋の少し幼さの残る肩を抱いてかたい地面にそのまま返してしまいたかった。

「阿部くん、」

三橋はかすれた声で何度も何度も自分の名前を呼んだ。肩を押し返す三橋の手には気付かないふりをして発声を妨げる。息ができない三橋はさっきよりも自分の肩を押し返す手に力を入れたがそれもあっさりと意識から切り捨てた。浅ましくて恐ろしい情欲が全身を駆け巡って脳みそがぐらぐらする。
それは全部三橋のせいだ。

喉に噛み付くと三橋ははらはらと涙をいくつも落とした。頬をつたって下りてくるそれをざらりとする舌で舐めとる。甘い、なんて思うのはもう脳みそが溶けてなくなってしまった証拠か。まだまだ遠いと思っていた限界が目の前にちらついて脳みその隅で警鐘が鳴る。それでも今は顧みる気になどなれなかった。

(三橋が笑ってくれればそれだけでいいなんて、)
(全くの嘘、)
(本当は、)
(三橋を泣かしてしまいたい、)

限界なんてもうとっくの昔に超えてしまっていたのかもしれなかった。
三橋の小さい悲鳴が薄れ行く意識の中微かに聞こえた。